草加市の税理士、横山です。
かつて財務捜査官として勤務する中で、警察官たちに簿記を教える機会がありました。
レベル的には日商3級から1級まで。
警察官たちも努力して勉強しています。
合格率も悪くありません。
しかし、実務となると、簿記はわかっても帳簿が読めないという問題に直面します。
警察官に簿記は必要か
警察官というと、交番、殺人事件捜査、白バイ隊というイメージがあります。
一見「簿記」とは縁遠い感じです。
一方、あまり表には出ませんが、警察では「知能犯」事件の捜査も行っています。
罪名でいうと、「詐欺」「横領」「贈収賄」「背任」などが該当します。
警察本部では、刑事部の捜査第二課が担当しています。
これら知能犯事件捜査では、会社の帳簿を解析することが不可欠で、その前提として簿記の知識が必要です。
また、生活安全部が担当する利殖詐欺などでも、帳簿を押収する機会があります。
埼玉県警の採用試験でも、日商簿記検定2級以上の取得者には加点措置を設けているなど、簿記にはそれなりに力を入れています。
簿記だけでは難しい面も
さて、私も警察官に対する簿記の講師も務めてきましたが、これだけでは、帳簿を自在に読めるとは思っていません。
簿記の学習と、実務には微妙な差があるように感じます。
簿記の問題には、結論が出ている
簿記の問題は、社内で議論される内容が省略され、結論から始まっています。
例えば、
- 建物を10,000,000円で購入し、代金を普通預金から支払った
という取引を仕訳するのが簿記の出題です。
簿記では、仕訳を問うのが基本で、この出題自体は問題ありません。
しかし、会社が建物を購入する過程については、省かれています。
- どうしてその建物を購入することになったのか
- 用途は何か
- 土地は自己所有か賃借か
- 業者の選定はどのように行ったのか
- そもそも、「建物」でよいのか。「構築物」ではないか。
といった話が、出てくることはありません。
- 機械装置に対する修繕が完了し、代金700,000円は来月末に支払うことになった
という仕訳問題でも、その前には社内で、「修繕」とするか「資本的支出」とするか検討が行われたはずです。
実務でみかけない取引
現在、紙の約束手形・小切手が段階的に廃止されつつあり、2027年3月末までには紙の手形・小切手の交換もなくなる予定となっています。
交換が廃止された後も、統一手形用紙によらない手形・小切手を使用することは可能ですが、実務的ではありません。
社会的に大きな影響があるため、このスケジュールはかなり以前からリリースされ、実務的にも手形を見る機会はほぼなくなっています。
しかし、私が最後に講師を担当した令和5年時点では、簿記試験の世界では、「手形」はまだ試験内容となっていました(今後出題範囲から除外される予定とのことです)。
もちろん、簿記試験のすべてが実務的でないということではありません。
むしろ、実務と直結する内容がほとんどでです。
実際、「分記法」が試験範囲から削除されたり、「電子記録債権」が試験範囲に加わるなど、実務に即したアップデートもされています。
手形については過渡期だったのだと思いますが、時間をかけて覚えた割には目にしないことになります。
税法との関係
「簿記」は、会計の世界に属しますが、現実の会社経理では、税法の存在を無視できません。
- 資産の計上基準(10万円、20万万円、40万円ごとの基準)
- 減価償却資産の耐用年数
- 役員報酬の決め方
- 引当金の計上
について、多くの会社では、税法を参照しています。
簿記試験という性格上やむを得ないところではありますが、税金については別途学習の必要があります。
本日のまとめ
今回の記事は、簿記が役に立たないという内容ではありません。
簿記は帳簿を読むための基礎ですが、これだけでは十分とはいえません。
「必要条件ではあるが、十分条件ではない」ということです。
これは、自動車免許と同じです。
免許を取得しただけでは、プロドライバーにはなれないのと一緒です。
なお、警察官が簿記検定を取得しても、帳簿が読めるまでに育ちにくい理由の一つに、警察内部における人事運営があるかもしれません。
苦労して簿記検定を取得しても、その直後に知能犯係に配属されるとは限りません。
仮に配属されたとしても、所属異動や分掌異動でまったく違う業務を担当することも珍しくありません。
こうなると、せっかく取得した簿記の知識も記憶から薄れてしまいます。
公務員は、スペシャリストよりもゼネラリストが重用され、やむを得ない面もありますが、見直しが必要かもしれません。


