警察も、税務当局も大きく言えば、法律違反を捜査・調査する点で共通しています。
ともに行政機関でもあることも共通です。
不正を解明するには、お互い協力関係が築けると良いように思います。
しかし、捜査の現場では法律上の問題からなかなか難しいものがあります。
警察の捜査権限
警察の捜査権限は幅広く、罰則が規定されている法律すべてが捜査対象となります。
刑法が代表的ですが、それ以外にも会社法、出資法、金融商品取引法など数え切れないほどの膨大な法律に刑罰が規定されています。
これに対し、税務当局が調査の対象とするのは税法違反です。
税法違反に対しては、行政処分のほか、懲役などの刑事処分が課されることもあります。
通常は相手方の協力を得ながら進める任意の方法による税務調査ですが、犯則事件では裁判所の令状に基づく捜索・差押が認められるなど、警察が行う捜査同様の権限が認められています。
警察も法律上は、税法事件を捜査することも可能ではあります。
ただし、税法事件は専門性が高く、資料の多くを税務当局が保管していることから警察が税法事件を捜査することは実際のところほとんどありません。
税務当局から警察への資料提供
警察は、捜査に当たりさまざまな証拠資料を収集しますが、経済事件であれば税務署に提出された税務申告書はぜひとも入手したい資料です。
しかし、一方で、税務職員には守秘義務が課されているうえ、質問検査権は犯罪捜査のために認められたものと解してはならないとの規定もあります。
税務当局から見れば、税務申告書を警察に見せるわけにはいかないことになります。
しかし、一方で、刑事訴訟法によれば、警察は公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができるとされています。
条文には罰則規定はありませんが、これは不回答に対し罰則を科すことは行き過ぎであり、また、公務に基づく照会に対しては回答すべきという前提があるためのようです。
仮に警察署長から税務署長に対し、捜査関係事項照会書により申告内容の回答が求められた場合、回答義務が生じるように思えます。
国民の多くに被害が生じるような悪質な経済事件に対しては、税務署も警察に協力し、税務申告書、税務調査の内容等を回答することが広く社会のためになるようにも思えます。
また、会社法では株式会社に決算書の公告を求めていることから、税務申告書に添付されている決算書や勘定科目内訳明細書を税務署が提供することも可能と考えるかもしれません。
この点に関して、豊田商事事件における裁判例があります。
豊田商事事件とは、独居老人などをターゲットにした悪質な金投資名目の巨額詐欺事件。
「純金ファミリー契約証券」を発行し資金集めを行っていましたが、実際には金投資など行っておらず当然のことながら破綻。
結果的に、多数・多額の被害が生じた当時最大の投資詐欺事件です。
この被害者側から、警察が税務署から早期に豊田商事の決算報告書を入手して分析していれば、迅速な捜査が可能でありこのような被害が発生しなかったはずとして、国家賠償の訴えが起こされたことがあります。
この事件の判決では
- 税務職員には守秘義務が課されているため、警察署からの照会に回答することはできない
- 警察も税務署に対して照会をしても回答を得られる可能性がほとんどないことから、通常、そのような照会はしていないことが認められる
とされています。
警察から税務当局への資料提供
では、警察が捜査した結果を税務署へ提供することは可能なのか。
無効、違法な所得であっても課税の対象となることから、警察の捜査で脱税の可能性がわかることがあるかもしれません。
警察が行う捜査は、刑事訴訟法の規定に基づいて最終的な刑事裁判に向けて行われます。
そこで刑事訴訟法を確認すると、「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があつて、相当と認められる場合は、この限りでない。」となっています。
従って、警察が行った捜査内容を課税資料として提供することは法律上できないことになります。
本日のまとめ
警察と税務当局が資料交換を行うのは、難しいようです。
ただし、生活保護法には資料の提供等の規定があり、税務署長は、相続税、所得税の申告書に関する情報を提供することとなっています。
それぞれの守秘義務の解除には、個別の法律で規定する必要があるようです。