私が財務捜査官として採用されたときに、警察署の知能犯係で一週間ほど先輩刑事の下で捜査実務研修を受けました。
先輩の得意事件は「無銭飲食」。
無銭飲食が知能犯係が扱う詐欺事件だということは、それまで知りませんでした。
無銭飲食と詐欺
無銭飲食は、お金を払うつもりがないのに料理を注文し、会計をしないで店を出るパターンが典型的です。
たらふく飲食した後に「お金がない。警察を呼んでくれ」という開き直りをすることもあります。
詐欺は、人を騙して財物の交付を受けることをいいます。
例えば、
- 返すつもりもないのに、銀行などからお金を借りる
- 自分でお金を使う目的なのに、「投資でお金を増やします」といって資金をだましとる
- 息子や娘を装い「電車で小切手をなくした」といって、弁償金名目でお金をだましとる
- 商品を送るつもりもないのに、インターネットサイトで商品を「販売」する
といったことです。
そこには、明確な嘘があります。
一方、無銭飲食は嘘をついているようには見えません。
無銭飲食が詐欺となるのは、払うつもりがないことを告げずに、料理を注文したことがお店の人を騙したことになるためです。
お店の人は、「お客さんはお金を払ってくれる」という前提で注文を受けています。
お金を払うそぶりで食事の提供を受けているので、お店の人を騙したことになるわけです。
詐欺罪の分かれ目
ところで、無銭飲食は詐欺罪の事例研究でよく用いられます。
お金があると思って注文をした場合
財布をもってきたと思って注文したけれど、財布を家に忘れてきた。
こういう場面は考えられます。
この場合、詐欺罪は成立しません。
注文したときに、店員を騙す意思がないためです。
外見上は、詐欺罪の成立要件である
- 欺罔
- 錯誤
- 被害者からの交付行為
- 財物・給付の移転
を満たしてはいます。
しかし、刑法個々の条文には記載がありませんが、犯罪を犯す意思、つまり、犯意があることが犯罪成立の前提条件となっています。
犯意がない以上、詐欺罪に問うことはできません。
このケースで、飲食後お金がないことに気づきこっそりと店を出たとしても、同様に詐欺罪には該当しません。
注文の時点で騙すつもりがありませんし、また、店を出ることが欺罔行為に当たるわけでもないためです。
もちろん刑法の詐欺罪に該当しないだけであって、民事上の支払いをしないで済むという話ではありません。
食事に不満があり代金を支払わない場合
最初はお金を払うつもりで注文をしたけれど、食事に不満があり代金を支払いたくない。
こういったことも考えられます。
例えば、サンプルと提供された食事が大きく違う、店員の対応に不満があるといったケースです。
この場合も、詐欺罪は成立しません。
注文したときに、店員を騙していないためです。
注文後の事情によりお金を払わないというのは、詐欺罪の成立要件を欠くことになります。
ただし、刑事ではなく、民事上の責任を負う可能性はあります。
他事件への応用
無銭飲食と詐欺罪の関係は、他の詐欺事件の見極めに応用することができます。
例えば、貸したお金が返ってこない場合です。
- 「貸してほしい」と言ってきたときに、返すつもりがなければ詐欺罪が成立
- 「貸してほしい」と言ったときには返すつもりがあったのに、その後の事情で返せなくなった場合には詐欺罪は不成立
と言うことができます。
ただし、返すつもりがあったのかについては内心の問題なので、外から見ることはできません。
ここは財務捜査によって、返済できる状況だったのかを調べる必要が出てきます。
貸してくれと言ったときに、財産がなく、収入も見込めない状況、つまり返済能力がなければ、返すつもりはなかったと判断されるはずです。
財務捜査により、会社であれば決算書、個人であれば家計の状況を調べ、詐欺の見極めをすることになります。
本日のまとめ
無銭飲食で思い浮かぶのが、オー・ヘンリーの「巡査と讃美歌(警官と讃美歌)」。
刑務所志願の主人公が無銭飲食に失敗しています。
映画化された「人生模様」の冒頭にもでてきます。
オー・ヘンリーらしくて、私の好きな作品です。