前回は、横領事件の難しさとして、現金を引き出した人の特定について書きました。
しかし、行為者が特定できたとしても、即横領とはいえなせん。
着服行為の確認も必要です。
条文で確認
前回は省略しましたが、ここで横領の条文を確認しておきます。
財務捜査の目的は、対象となる行為が法令の条文に該当することを数字で証明することにあります。
横領で多いのが、業務上横領です。
刑法には、このように書いてあります。
(業務上横領)
第二百五十三条 業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、十年以下の懲役に処する。
ここに書いてあるように「横領」したことを証明しなくてはなりません。
つまり、お金を引き出したことイコール横領とは限らないということです。
出金しただけでは着服とはいえません
出金があったとしても、私的に使うなどの横領行為(法律用語では不法領得の意思の発現行為)がなければ横領罪に問うことはできません。
このようなことがありました。
業務上横領のクラブ元従業員に無罪
大阪地裁 大阪・北新地のクラブで現金88万円を着服したとして、業務上横領の罪に問われた元会計担当の女性(45)の判決公判が7日、大阪地裁で開かれた。○○裁判官は「出金したことがただちに着服とは考えられない」として、無罪(求刑懲役2年6月)を言い渡した。検察側は「領収書の金額欄を改竄(かいざん)するなどして差額を横領した」と主張していたが、○○裁判官は判決理由で、他の従業員の証言などに基づき、「改竄がママの指示である可能性は否定できない」などと退けた。
女性は平成17年7月~18年3月、売上金や釣り銭用の現金から8回にわたり総額88万円を着服したとして、20年に起訴されていた。
産経新聞オンライン
この事案の背景は少し複雑な感じがします。
もともと横領事件というのは、会社、お店などの内部で発生する事件です。
そうすると、事件について警察などに被害申告するのは、お店の方。
この事案では、
- お金が出金されていたのは事実
- 帳簿も改ざんされていた
- しかし、改ざんはママ(お店側)が指示した可能性がある
- 従って、お金が出金されていたとしても、それが着服とはいえない
という流れです。
横領被害を申告した経緯が気になります。
会社のために使った可能性
また、出金されたお金が会社のために使われた可能性もあります。
「業務上横領」無罪判決
地裁「自白信用性に疑問」勤務先の旅館内にある店舗の売上金約145万円を着服したとして、業務上横領の罪に問われた金沢市内の無職男性(79)の判決が1日、金沢地裁であった。○○裁判官は「自白の信用性には疑問があり、売上金を着服したと認定するには合理的疑いが残る」として、男性に無罪(求刑・懲役2年)を言い渡した。
判決などによると、男性は加賀市内の温泉旅館で経理部長として勤務していた2001年4月~9月、売店と喫茶店の売上金約145万円を旅館の預金口座に入金せず着服したとして、旅館側から告訴された。金沢地検は07年12月、男性を在宅のまま起訴した。
公判で男性は「(売上金は)従業員の出張旅費などの経費に使った」と起訴事実を否認。横領する意図の有無と、任意の取り調べでの自白を記録した調書の信用性が争点となった。
読売新聞
この事案は、
- 旅館から従業員の売上金の着服について告訴があった
- しかし、着服とされた売上金は出張旅費などの経費に使った
ということで、無罪の判決になっています。
業務上横領事件の捜査では、使途の解明は必須事項です。
横領とされたお金が会社のために使われていないことを確認するのは、最初のステップ。
しかも今回は出張旅費ということですから、帳簿を十分に確認すれば気がつきそうなもの。
新聞報道からの、推測ですが。
本日のまとめ
会社の資金が不正に引き出されていた場合、業務上横領が疑われるのは流れとしてありうることです。
また、社内など人数が限られた場所での不正なため、誰が横領をしたのかについて見当がつくこともあります。
しかし、突き詰めて考えると、
- 本当にその人以外に可能性はないのか
- 引き出されたお金は、何に使われたのか(横領行為があったのか)
この2点が解明できないと、業務上横領と断定することはできません。
事案解明は、客観的事実に基づき、慎重に行う必要があります。
特に社内不正で「犯人」と決めつけたのに実際には違った場合、取り返しのつかない事態になってしまいます。