横領事件の難しさ その1


横領事件、特に会社の資金を着服する横領事件は、社内不正の典型です。
実際、業務上横領事件は数多くあり、報道で目にする機会も多いかと思います。

業務上横領は、会社の資金を管理している経理職員がその金銭を着服するケースが一般的です。
事件的には、お金をとったという部分を立証すれば十分と思いますが、そう簡単でもありません。
実際に無罪事件も発生しています。

本当にその人か

会社資金が所在不明になったときに、真っ先に経理職員が疑われるかもしれません。

確かに、経理職員はお金を触れる立場にあります。
例えば、会社の金庫からお金がなくなっていたり、預金口座から現金が引き出されていることがわかれば、経理職員による業務上横領の可能性があります。
しかし、実際にその人が着服したのかは、その時点ではわかりません。

例えば、

  • 金庫の番号は他の従業員も知っていた
  • キャッシュカードは誰でも持ち出すことができた

という状況では、誰がお金を引き出したのかが分かりません。

実際に誰が横領したのかが問われた事件もあります。

国民年金横領 信金元従業員に無罪
地裁川越支部判決「合理的疑い残る」

 
所沢市にある○○信用金庫○○支店で二〇〇〇年四月、顧客が振り込んだ国民年金保険料を横領したとして、業務上横領の罪に問われた同市に住む元同信金パート従業員女性(37)の判決が二十八日、さいたま地裁川越支部であり、○○裁判長は「的確な状況証拠も不十分で、合理的な疑いが残る」として、無罪(求刑・懲役一年)を言い渡した。女性は同容疑で二〇〇一年十一月二十八日に所沢署に逮捕され、起訴されていた。起訴状などによると、女性は二〇〇〇年四月二十八日、同支店で窓口業務に従事していた際、顧客が振り込んだ国民年金保険料一年分の現金15万5750円を着服し、横領したとされる。


公判で検察側は、女性が入出金機械を通さず、私物の小銭を釣り銭として顧客に手渡し、保険料を着服したために入金記録が残っていないと主張。当時の防犯ビデオを証拠として「(女性は)足元から私物の小銭が入った封筒を取り出している姿が映っており、行動も不自然」と指摘してきた。

これに対し、弁護側は「女性は機械に入金しており、誰かが入金記録を抹消した可能性がある」とし、一貫して無実を主張していた。

読売新聞オンライン埼玉版

新聞報道から推測すると、

  • お客さんは保険料を窓口で支払った
  • しかし、入金記録が残っていない
  • 防犯カメラを確認すると、パート従業員が足元から小銭が入った封筒を取り出していることが確認できた

という流れになります。

しかし、裁判では、

  • パート従業員は機械に入金をしている
  • 誰かが入金記録を抹消した可能性がある

という弁護側の主張が認められたようです。

刑事裁判では、合理的な疑いを容れない程度までの立証が求められることから、このような判決になったのだと思われます。

別の事案です。

元ホテル従業員に無罪 売上金着服で高松地裁

香川県○○町の温泉ホテル「○○」の売上金を着服したとして、業務上横領などの罪に問われた元従業員、○○被告(51)に、高松地裁は9日、「犯罪の証明がない」として無罪の判決を言い渡した。

判決理由で○○裁判長は、被告が入浴料を抜き取ったとされたレジの管理状況などから「ほかの者でも横領は可能」と指摘。被告の犯行だとする男性従業員の証言は「客観的証拠と合わず不自然、不合理で信用できない」とし、「被告を犯人と認定するには合理的な疑いが残る」と結論付けた。

高松地検は、売上金の集金・保管を担当していた○○被告が平成12~16年、レジから現金計約4200万円を着服したとして起訴。懲役5年を求刑していた。

産経新聞オンライン記事

これは、現金横領が疑われた事例になります。
現金横領については、かなり立証が難しいというのが実感です。
客観的証拠がほとんどないこともあります。
疑わしい人がいても、それだけではどうしようもできません。
特にレジについては、他の人の可能性を排除することが極めて困難です。

銀行員なら誰でも厳しく言われる「現金その場限り」。
私は入社式のときの訓示で言われました。

  • とにかく現金は、証拠が残らない。
  • 一回受け渡しをしたらお金が違ったとはいえない。
  • どんなに多額の取引でも、現金は必ず数える。
  • 帯封がついていても数える

これが基本です。

それを考えれば、レジから現金が抜かれている→その人に違いない
というのは、かなり無理があるかと思います。
新聞報道だけの推測ですが。

本日のまとめ

会社からお金がなくなっていれば即横領というわけではありません。
特に、犯人の決めつけは一番避けるべきところです。

  • 他の見方、可能性はないのか
  • 客観事実はどの程度あるのか

など十分に確認する慎重さが必要です。

次回は、業務上横領事件の難しさ、その2を書いていきます。