昨日、大手生命保険元営業担当者による顧客に対する詐欺事件について書いたところです。
報道によると、この保険会社では「告発を検討」しているとのこと。
顧客から約2億円を騙し取ったのですから、「検討」するまでもなく直ちに告発状を提出すべきと感じるかもしれません。
しかし、「告発を検討」という言葉の裏には、顧客被害による詐欺事件における「告発の難しさ」もあると感じます。
告訴と告発
告訴と告発は似ている用語ですが、意味内容は明確に異なります。
- 告訴:被害者本人による犯罪の申告
- 告発:被害者以外の第三者が行う犯罪の申告
例えば、自分が詐欺被害に遭えば「告訴」ですが、自分以外の人が被害に遭ったことを申告する場合は「告発」となります。
今回の事件では、被害に遭ったのは顧客ですので、第三者である生命保険会社が捜査機関に対して行うのは「告発」になります。
告発事件の捜査
告発状が捜査機関に提出されると、これを端緒として捜査が開始されます。
告発は、告訴同様にすべて検察官への送付事件となるため、必ず捜査が行われることになります。
このとき警察は、告発状を提出した生命保険会社から話を聞くのは当然ですが、合わせて、被害者からも話を聞くことになります。
刑事事件の捜査では、「いつ、誰が、どのような方法で詐欺を行ったか」について、物的証拠を集め、被害者の供述を得る必要があります。
つまり被害者の方は、詐欺被害に遭ったうえに、告発状が提出されたことで警察捜査に協力する立場にもなるのです。
元営業担当者から受け取った説明資料や偽の領収書など物的証拠を警察に提出するだけでは済みません。
自宅や警察署において警察官から聴取を受け、その内容を「供述調書」として作成されることになります。
元営業担当者との最初の接触から、架空の投資話を持ち掛けられ、最後に騙し取られるまでの経緯について、詳細な説明を求められるはずです。
「どのような説明を受けましたか」「どこで受け渡しをしましたか」など過去のできごとを思い出し、供述することになります。
詐欺に遭っただけでも心労が重なるなか、さらに警察の捜査にも協力するというのは、被害者にとって苦痛でしかありません。
生命保険会社としても、そうした被害者への負担を考慮し、告発に躊躇していることも想像できるところです。
本日のまとめ
生命保険会社が告発を検討している本当の理由はわかりません。
ただ、私の捜査経験からすると、この手の顧客被害事件の立件には、被害者の多大な協力が不可欠です。
捜査側もなるべく負担をかけないよう配慮はしますが、証拠の提出や数通にわたる供述調書の作成は、一般の方にとって大変な負担です。
「検討中」という言葉の背後には、そのような事情もあるのではないか、と考えているところです。



