大川原化工機の冤罪事件に関し、8月7日に警察と検察でそれぞれ検証結果が発表されました。
問題点として、捜査指揮、勾留のあり方などとともに、「消極要素の精査の不徹底」、「消極証拠の確認や、事案の実態を正確に把握すること等が不十分」とも記されています。
消極意見は捜査で欠かせないものと思っています。
私の著書でもその点を指摘しています。
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積極説と消極説
消極要素は、消極意見、消極説ともいわれます。
積極説と反対の関係にあります。
積極意見は、ある事案について立件可能な事件であるという見立てです。
収集された証拠や供述内容から、この事案は犯罪に問えるという見方です。
事案について捜査をする場合、基本的に犯罪であることを前提としています。
捜査機関として、その前提を持つこと自体は避けられない部分でもあります。
例えば、業務上横領事件の捜査で考えます。
会社の口座から現金が引き出され、役員の口座に現金が入金されている事実について、横領と考えるのは自然な流れです。
このまま事件を捜査していけば、横領事件として立件できそうです。
場合によって特別背任になる可能性はありますが、事件化は見込めます。
積極的に事件として立件していく方向に進みます。
一方で、
- 創業以来の役員であり、会社との間で貸借関係があったのではないか
- 引き出された現金と入金された現金のつながりが弱いのではないか
- 防犯カメラの引き出し画像が不鮮明で、本人でないようにも見える
- 「外注費」と支払われており、業務実態があったのではないか
- 会社のために使われたと見る余地があるように思う
- 参考人の供述に変遷があり、信用性に乏しい
など、事件に慎重な意見が浮かぶことがあります。
消極説、消極要素です。
事案によって差はありますが、捜査を進める上で消極説が生じないことは少ないように思います。
このような事件に対する見方にとどまらず、
- 資金が引き出された時刻に、別の場所で会議に出席していた
という客観事実が浮上することもあり得ます。
こうなると、消極「説」というよりも事件として捜査を進めることに疑問が出ます。
実際の捜査で、推理小説のようなトリックが使われているケースは稀です。
立件できない事実であれば、捜査を中止するしかありません。
消極説が歓迎されない理由
私自身、財務捜査を進める上で消極説を積極的に唱えていた方だと思います。
他の見方、考え方を検討し、消極説を覆す証拠を積み上げて立証すればよいわけです。
事件ではない可能性を示し、これを超えるほどの立証を行うことで、間違いのない捜査につなげることができます。
しかし、このような考えを歓迎する幹部ばかりとは限りません。
- 消極説を言われると士気が下がる
- 会議のときではなくこっそり教えて欲しい
- 事件を潰そうとしているのか
と言われたこともあります。
これらは、捜査が順調に進んでいないときに言われることが多かったように思います。
- 捜査の失敗を責められるのではないか
- 大きな捜査体制を敷いてしまい、いまさらできませんとはいえない
- 自供させれば立件できる
など、失敗を認めず、根拠のない楽観論を重ねることにつながります。
本日のまとめ
消極説は事件を潰すために出される意見ではありません。
このような見方ができないかという一つの見解です。
その見方に対する反証を出し、これを乗り越えることで捜査は充実すると思っています。
消極説が覆せないのであれば、事件の見直しが必要です。
また、事件にならない事実については、消極説というよりも事件を否定する内容です。
この場合には、その事実に誤りがないかを検証し、誤りがないと判明したら捜査を中止する以外選択肢はありません。
どちらにしても、消極説は捜査を進める上で不可欠な要素だと考えています。